世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第3回 

世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第3回

  1. How To 調査報道

世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第3回 

 (この記事の筆者は、フロントラインプレスのメンバーで米国カリフォルニア州在住の大矢英代さんです。2020年秋に記し、東洋経済オンラインに発表した記事3本を加筆修正し、再構成しました)

◆指先でも可能なデジタル時代の調査報道

 コロナ禍で外出もままならない米国。最悪の時期は峠を越したように見るものの、以前のように、どこへでも取材に出かけるわけにはいかない。自分は大丈夫と思っても取材相手が対面に二の足を踏むケースも少なくない。
 権力機構の奥深くに記者が入り込み、重要人物や内部告発者と密かな接触を続け、そして奥の院の不正や不祥事、不作為を暴き出す。そういった従来の取材手法は以前と同じように使えないかもしれない――。

 そんなことを考えながらこの原稿を書いていた2020年9月、米国を驚かせるニュースがあった。ニューヨーク·タイムズが、トランプ大統領の「税金逃れ」の特ダネを飛ばしたのだ。それによると、トランプ氏は過去15年間のうち10年間も所得税を納めておらず、さらに2016、17年の連邦税納付額がそれぞれ750ドル(日本円で約8万円程度)しかなかったという。トランプ氏はすぐさま、「これはフェイクニュースだ!」とツイッターに投稿し、怒りを露わにした。大統領選挙まであと1カ月という時期。そこにぶつけるような、ニューヨーク·タイムズ紙は渾身の調査報道だった。
 この記事には「入手したすべての情報は、合法的にその情報を見る権利のある情報源から提供されたものだ」と記さていた。「本紙は、これまで公にされていなかった情報を、公の情報ならびに過去の取材を通じて得た内部記録と照らし合わせた」とも記されている。この特ダネを世に放つまでには、気の遠くなるような裏付け作業があったに違いない。

 敏腕記者たちが国家権力の中枢に入り込み、機密情報を入手し、命をかけて世の中に暴露する……調査報道という言葉を聞くと、そんなイメージを抱く人たちがほとんどだろう。ハリウッド映画『スポットライト』(2015年)『ペンタゴン·ペーパーズ/最高機密文書』(2018年)、そして松坂桃李が主演して話題となった邦画『新聞記者』(2019年)で描かれているような記者VS権力者の情報戦の世界である。
 そして、そんな本格的な調査報道は、実は誰にでも、あなたにもできる可能性がある。それも、パソコンやスマホを使い、指先ひとつでスタートできる。デジタル時代の新しい調査報道。それが米国を中心に始まっているのだ。

◆調査報道の壁をテクノロジーで乗り越える 

 調査報道には大量のデータや資料の読み込み、独自の分析が求められるため、膨大な時間と労力と資金がかかる。実際、ジャーナリストとして仕事を始めて8年になる筆者(大矢英代)も含め、特に若手の記者たちの多くが「調査報道とは非常に難しい取材であり、情報提供者や機密情報へのアクセスなしにはできない高度な取材」といったイメージを持ちがちだ。
 ゆえに、権力者を追求する良質な調査報道が出るたびに、多くの若手記者たちは報道魂を燃やすと同時に、「挑戦してみたいが、自分には難しいだろう。何から始めていいのかやり方もわからないし…」と困惑する。
 そんな調査報道の壁を乗り越えるオンラインツールが、2020年秋に開かれた「調査報道記者·編集者協会」(IRE)のオンライン国際会議で紹介された。米国の大統領選挙が目前に迫っていたため、記者たちの関心は「選挙とカネ」の問題に集まった。
ウェブサイト「フォロー·ザ·マネー(カネの流れを追求しよう)」。全米各州の政治家たちの政治資金や選挙運動費が一目でわかる 

◆政治家のカネはどこから来るのか 

 「2020年の大統領選挙は、これまでになく州レベルで重要な選挙となります。州知事を含めて各州政府をいかにコントロールするか。これが大統領選挙の候補たちの最大の関心になっています。記者の皆さんは、普段の選挙取材では気にしないような人物が選挙に絡んでいる可能性もあることを注意しながら、取材すべきです」
 そう語ったのは、デニス·ロス-バーバーさんだ。ロス-バーバーさんは、米国の政治家たちの選挙資金に関するデータを収集、公開する非営利組織「政治資金国家研究所(National Institute on Money in Politics)」のディレクターである。ジャーナリストと研究者による協力関係を垣間見るような語だった。
ロス-バーバーさんは、調査報道のオンラインの会議に講師として招かれていた。講演のテーマは「2020年の候補者たちのカネの流れを追う」である。

 この研究所が運営するウェブサイト「Follow The Money(カネの流れを追求しよう)」 は、全米各州の政治家たちの政治資金や選挙運動費が一目でわかるデータベースだ。特に、政治家たちへの献金については、個人や企業を含めて、どんな業種の人たちがどの政治家に多くのカネを渡しているかが細かく分類されている。

 ロス-バーバーさんは、「『Follow The Money』を使って政治資金の流れを分析し、大統領候補がどのような勢力と結びついているかをしっかり取材してほしい」と参加者たちにリクエストした。
 残念ながら、日本にはここまで整備された政治家の資金に関するデータベースはない。非営利団体などが国会議員の政治資金収支報告書を集めて検索機能も持たせようと試みたことがあるようだが、網羅的に情報が整備されるには至っていない。

◆国会議員「秘密」を暴くウェブサイト「オープン・シークレット」 

 同じ講演には、もう1人が登壇した。マイケル·ベッケルさん。政治資金の透明化を目指す非営利組織「イシュー·ワン」のリサーチディレクターだ。「資金問題を追う記者たちは必見です」とベッケルさんが紹介したのは、ウェブサイト「Open Secrets(公の秘密)」である。
先に紹介した「Follow The Money」が各州レベルの議員たちの資金に特化しているのに対し、こちらのサイトは連邦議会議員(国会議員)たちのカネの流れを調べるのに最適だという。

「オープン·シークレット」 のサイト

 「オープン·シークレット」の強みは、情報収集力にある。
 政治家たちの納税や献金などのデータを独自に収集し、調査結果を日々ウェブサイトで更新している。2020年10月1日に公開された新しいデータでは、「今年の大統領選挙の総経費は、過去最大の約110億ドルに達する見込み」とし、その詳細をグラッフィックやチャートなどでわかりやすく見せていた。
 では、カネはいったいどこからどこへ流れているのだろうか。一例を見てみよう。
 「Open Secrets」には、トランプ、バイデンの両陣営にどんな団体が、どれだけの金を寄付したが一目でわかるリストが掲載されている。
 それによれば、トランプ陣営の財源の52.88%が一口200ドル以下の「小規模個人献金者」、46.78%がそれ以上の「高額献金者」となっている。一方、バイデン陣営は、「高額献金者」が52.52%と最多で、「小規模個人献金者」は37.87%となっている。さらにウェブサイトでは、個々の献金者のリストも掲載されていて、政治家たちのカネの出どころが丸裸にされている。
前述したように、こうした非営利団体の存在に支えられているのが、米国の調査報道の特徴だ。各メディアの調査報道記者たちはもちろん、市民なら誰もが無料でアクセスできるデータベースがオンライン上にあふれていて、指先ひとつ、クリックひとつで誰もが調査報道を始めることができる。日本には見られない、ジャーナリズムを支える土壌である。

◆調査報道の未来とは 

 2020年のIRE調査報道国際会議では、参加した記者たちが口々に「今こそ、ジャーナリストの連帯を」と語った。
 新型コロナ禍でオンライン取材が基本となった今こそ、世界中のジャーナリスト同士がオンライン上で学び合い、ジャーナリズムの発展のために力を合わせる時だというのだ。筆者の把握した限りでは、残念ながら日本人ジャーナリストの参加は数人だったが、こうした場での学びは実に大きい。
 中東諸国のジャーナリストを育成する非営利団体「調査報道ジャーナリズムのための中東記者の会(Arab Reporters for Investigative Journalism)」の編集長、ホダ·オスマンさんは、「いま、世界中の報道記者たちはバーチャル·ラーニング革命の真っ只中にいる」と言った。
 「世界中の記者たちがパソコンの前で仕事をしている今こそ、国境や会社の枠を超えたコラボレーションの最大のチャンスです。他の国の報道から取材手法を学び取り、自分の国の報道にも応用することができるのです。例えば、新型コロナを取材する場合、国内のみの情報を探すのではなく、国外にあふれるたくさんの情報に目を向けるべきです。地元、国内、グローバル。この3つのレベルでそれぞれ一番信頼できる情報源を見つけ、それらを比較することが大切です。だからこそ、英語を学ばねばなりません。その分だけ、たくさんの情報にアクセスできるドアが開かれるでしょう」

◆進化するオンラインツール 

 調査報道国際会議では他にもオンラインツールが紹介された。最後にそのいくつかを紹介しておこう。

 ★人物を探し出す「スポケオ」
ウェブサイト「スポケオ」は米国内の特定の人物や家を探すためのツールだ。名前で検索すると、人物の顔写真、誕生日、メールアドレス、所有する土地や仕事など、オンライン·オフライン上にある情報がまとまって表示される。
 日本の似たようなサイトには「ネットの電話帳 住所でポン!」がある。NTTが発行する電話帳ハローページに基づく情報だとされている。ただし、無料版の情報は2012年版までしか見られない。

 ★顔認識機能で人物を特定する「ピン·アイズ」
探したい人の顔写真をアップロードすると、検索エンジンの顔認識機能がネット上から同じ特徴の顔を探し出し、一覧で表示される。

 ★目の前にあるものを調べる「Googleレンズ」
上記の「ピン·アイズ」と似たようにカメラ撮影機能を使ってイメージ検索、翻訳、スマホからパソコンへの文章コピーなどが可能。取材に役立つ。

 ★ツイッターをリスト化「ツイートビーバー」
特定のアカウントの過去の投稿を一覧で表示したり、二つのアカウントの関係性や会話を調べたり、さらには二つのアカウントに共通するフォロアーを一覧表示できたりと、14種類の機能をもつ。SNS上のやりとりを調べる先に役立つサイトだ。

 筆者がこれらのウェブサイトを実際に使ってみると、検索エンジンでは表示されない写真や個人情報まで出てきた。「スポケオ」を使って、1年前に住んでいたカリフォルニア州の住宅の住所を調べてみると、航空写真、家の間取り、建築年、さらにベッドルームの数まで正確に表示された。性能の高さに驚く同時に、確かに取材には便利ではあるが、無防備に露呈される個人情報に怖さを覚えたのも事実だ。
 だが、そんな一抹の不安をよそに、このような指先から始まる取材手法は米国を中心に確実に広がっている。このような調査報道のデジタル時代が来るなど、きっと10年前には誰も想像していなかったに違いない。
顔認識サイト「ピム·アイズ」で筆者の顔を読み込むと、オンライン上の写真がまとまって表示された 

 =終わり

第1回はこちら
第2回はこちら

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 この記事の筆者は、フロントラインプレスのメンバーで米国カリフォルニア州在住の大矢英代さんです。2020年秋に記し、東洋経済オンラインに発表した記事3本を加筆修正し、再構成しました。

 東洋経済オンラインでは、発表時の記事全文を読むことができます。それぞれ、下記リンクをクリックし、アクセスしてください。
世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第1回
世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第2回
世界最大規模の調査報道国際会議に飛び込んで 第3回

大矢英代
 

ジャーナリスト、ドキュメンタリー映画監督。 1987年、千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。 現在、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員ならびに早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。

ドキュメンタリー映画 『...

 

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